INTERVIEW

2020年、東京オリンピック・パラリンピックでモビリティ社会に新たなレガシーを

トヨタを舵取りする仕事A.S

PROFILE

オリンピック・パラリンピック部 総合政策学部卒 1997年入社

就職活動時は自動車業界やトヨタに特に強い思いがあったわけではなく、大手企業を幅広く志向して、結果としてトヨタへ入社。1年目から初代ヴィッツの商品企画に携わると、9年目には女性初の北米トヨタ駐在員として3年間ニューヨークへ。その後も、国内市場活性化プロジェクトのリーダーとして400名のメンバーを束ねたほか、2015年には、4年に1度のグローバルトヨタの国際会議「トヨタ世界大会」の運営責任者を担うなど、多岐分野で豊かな才能を発揮する。

社内外の人脈を広げ、オリンピック・パラリンピックへの道筋を描く

メダルラッシュに沸いた2016年夏のリオオリンピック・パラリンピック。日本中がテレビに釘付けになり、地球の裏側で輝くアスリートに声援を送っていた夏の2か月間、私はリオデジャネイロの大会会場を奔走していました。就任したばかりのオリンピック・パラリンピックのパートナーシップとは何かを学ぶために。

トヨタがオリンピック・パラリンピックで初のモビリティトップパートナーとして契約を結んだのは2015年のこと。その年の9月、オリンピック・パラリンピック部という新部署が立ち上がり、当時担当していた国際会議終了直後の私も仲間入り。2024年までの契約期間でトヨタがどのような活動をしていくのか。そのグランドデザインを描き、推進していくことが私のミッションです。

とはいえ、新参者のトヨタにはオリンピック・パラリンピックに関するノウハウは何もありません。「大会の権利って何?」「お客様を招待するにはどんな手続きが必要?」「パビリオンって何?聖火リレーはどうやってやるの?」。マニュアルが存在しない中、頼みの綱はヒト。疑問を持つたび、経験豊かな海外のスポンサー各社にインタビューをお願いしたり、国内の先輩スポンサーを何度も訪問したり。特に関係者が一堂に会したリオ大会では、名刺代わりのトヨタ特製のクルマクッキーを片手に、「初めましてトヨタのAKIKOです!ところでこれ、教えてください!」と、初対面の関係者を質問攻め(笑)。

オリンピック・パラリンピックのパートナーは「ファミリー」と呼ばれます。パートナー企業の方とやりとりをしていると、みなさんホスピタリティの塊みたいな方ばかり。「何でも聞いてね」「その話なら、今度あの企業の担当者を紹介するよ」と、ファミリーの末っ子トヨタの私にもどんどん人の輪が広がっていきます。情報を、まずはフットワークで稼ぎ、そしてネットワークを築きながら、徐々に2024年までの道筋を描いていきますが、知れば知るほど、大会のスケールの大きさにワクワク・ドキドキします。

すべての人に移動の自由を提供して、心も街もバリアフリーの都市をつくる

すべての人に移動の自由を提供して、心も街もバリアフリーの都市をつくる

オリンピック・パラリンピックとは、ただのスポーツ祭典ではなく、政府や地方公共団体・経済団体など多くの人と力を合わせて開催都市の未来をつくるムーブメント。1964年の東京オリンピックを機に開通した東海道新幹線や首都高速道路などの交通網が大会後も日本の発展を支え続けたように、その都市の未来に貢献する有形無形のレガシーを残すことで、社会の課題を解決して未来をつくる。五輪のマークを使ったマーケティングのためではなく、そこに意義を強く感じ、トヨタはオリンピック・パラリンピックに協賛しています。

では、2020年の東京でトヨタはどんなレガシーを残したいか。それは、すべての人が移動の自由を手に入れることのできるモビリティ社会であり、真の共生社会です。2020年には、老若男女・障がいを持った方など、世界中からさまざまな人が東京にやってきます。その誰もが移動のストレスを感じることなく、スムーズかつ安全に移動できる社会を実現したいのです。特に障がい者の皆さまにとっては、今は「バリア」になっている「移動」を、「夢を適えるための手段」に変えたい。そのために、車椅子のまま乗車できるジャパンタクシーの普及や、大会での自動運転の実証実験、水素バスの導入など、先進的でクリーンで様々なモビリティや安心できるサービスの提供はもちろんですが、「困っている人を助ける」という心のバリアフリーも同時に実現させることで、「誰もが自由に移動する光景」を2020年の東京の当たり前の風景にしたい。トヨタは、モビリティの提供にとどまらず、国や都やスポンサーなどの皆さまと力を合わせて、心も街もバリアフリーの東京をつくっていきます。

尊敬できる人たちに囲まれて、自分の個性が磨かれる

今でこそ大きなプロジェクトを率いる機会にも恵まれていますが、学生時代の私は特に強い志も持たずに就職活動をして、トヨタに入社。希望したわけではなかったのですが、商品企画部に配属されました。そこで初代ヴィッツの企画を担当して、「ヴィッツ」というネーミングを発案、私が名付け親になりました。名付け親というとインパクトがあるのですが、名前をつけるというプロセスは商品企画全体のうちごく僅かで、デザインや、お客様に最適な価格で提供するための原価企画、ターゲットや訴求ポイント、販売店さんにどう売ってもらうのか。ネーミングの何倍も重要な仕事がいくつもあることを毎日先輩方から学びました。

入社当時は、会議の内容も全然理解できず居眠りしたり、叱られてばかりの問題児(笑)。ですが教育係の職場先輩が、ご自身の多忙の中でも諦めず根気よく私の育成を続けてくれました。日中は私の仕事を徹底的に指導してくれて、先輩が自分の仕事に取り組むのは私の帰宅後。上司も同様です。新人を徹底的に育て、それを誰も手間とは思わないというカルチャーが私の部署にはありました。当時の私は「浮付いた若者」でしたが、本当に尊敬できる方に囲まれ、多くの人に支えられて、時間はかかりましたが一歩ずつ成長することができました。現在私が担当している、社内外多くの人を巻き込み、仲間の協力を得て大きなプロジェクトを推進していくという、自分の仕事における個性のようなものは、新人時代から磨いていただいたかもしれません。私が先輩方から受けたご恩は、自分が周囲を育成することでお返ししたいと心から思っています。

オリンピック・パラリンピックを通じて、もっと愛されるトヨタへ

オリンピック・パラリンピックを通じて、もっと愛されるトヨタへ

オリンピック・パラリンピックのサポートを通じて、実現したいことがもうひとつあります。それは、トヨタ自体に変革をもたらし、もっと皆さまから愛される組織にしていくことです。トヨタでは2017年10月から、「Start Your Impossible」という企業チャレンジをスタートさせました。これは、「すべての人に移動の自由を」という会社の方向性を、全世界のトヨタで共有し、社員一人ひとりが自分の枠を超えて社会のためにチャレンジをしていこうという取り組み。全世界のトヨタが同じスローガンのもとに行動を起こすのは初めてのことです。チャレンジの内容は、大きなものでなくてもいい。例えばボランティアに参加したり、障がい者スポーツ大会の応援に出かけたり、自分のできることからやってみる。社会との関わりを深めることで、多様性を受け入れる優しさや、常にチャレンジする強さを磨き、その結果、トヨタという会社がより皆さまに愛される企業に進化できればと思っています。2020年の東京、さらにはその先の世界を見据えて、私たちの挑戦は始まったばかりです。

所属は取材当時のものです。

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